2020年3月26日(木)

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聖書一日一章     申命記 29章

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私たちとともにここにはいない者たちとも結ぶのである。(15節)

この章と次の章は、モーセがヨルダン川の東側の草原でした3つ目の説教です。モーセは、エジプトを出てから40年間の神のみわざを思い出させます。そして、そんなすごい、すばらしい神が契約を結ぼうとされているのだから、心からそれに応じるようにと勧めます。さらに、その契約には祝福と同時にのろいがともなっているので、のろいを受けることになる偶像礼拝をしないようにと警告します。しかし、人間は神の言葉に従えない性質を持っていて、のろいを受けないではおれない者です。自らのろわれた者となってのろいから救ってくださるキリストなしに、私たちに望みはありません。

ところで、14節と15節では、「私は、ただあなたがたとだけ、この契約とのろいの誓いを結ぶのではない。今日、私たちとともにここにはいない者たちとも結ぶのである」と言います。モーセの目の前にいる人々が神と契約を結ぶのですが、子や孫さらにはずっと後の世代の人々も契約を結ぶことになるというのです。後の世代の人々が自らがあずかり知らぬ契約を結んだことになり、その契約に縛られるというのは、不条理なようにも思えますが、この世界の動かぬ事実です。実際、私たちは、昔の人々が決めた法律に縛られていますし、昔の人々が結んだ外国との条約に縛られています。私たちは、イスラエル人の子孫ではないので、ここでの契約に縛られることはありませんが、もっと逆上って、アダムが神と結んだ契約とそれを破ったことによるのろいには縛られています。しかし、キリストは、ローマ人への手紙5章で「第二のアダム」と言われるように、アダムに代わる人類の新しい先祖です。そして、キリストが父なる神と結んだ契約、わたしがいのちを捨てるので、わたしの子孫、つまり、わたしを信じる人々に永遠のいのちを与えてくださいという契約は、信仰によるキリストの子孫である私たちを縛るのです。それはうれしい縛りです。その縛りによって、キリストを信じるなら確実に永遠のいのちを与えられるからです。

テレフォンのお分かち TEL 072-255-0944   鷹取 裕成