2020年5月23日(土)

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聖書一日一章     サムエル記第一 4章

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どうして主は、われわれを打たれたのだろう。(3節)

サムエルが成長し、預言者として知られるようになった頃、地中海沿岸に住んでいたペリシテ人との戦争が起こり、イスラエルは敗れました。そこで、イスラエルの長老たちは相談し、神の契約の箱を戦場に持って来ることにしました。昔、ヨシュアたちがヨルダン川を渡ったときも、エリコの町を攻略したときも、祭司たちが神の契約の箱をかついで先頭を進んだことで、ヨルダン川の水がなくなり、エリコの城壁が崩れたからでしょう。神の契約の箱が着いたとき、イスラエル軍の士気は大いに盛り上がりましたが、ペリシテ軍も奮起したので、大敗北し、神の契約の箱も奪われてしまいました。

神の契約の箱は神の臨在のしるしですが、この出来事は、その箱を持って来たら自動的に神が臨在されるというわけではないことを示しています。その箱は、大祭司のエリが年を取っていたので、二人の息子が守っていました。彼らは、いけにえの神にささげるべき部分を取って食べたり、幕屋に仕える女たちと寝たりしていて、神を恐れない人たちでした。そんな人たちが神の契約の箱を扱っている限り、神が働かれるはずがありません。人々の信仰によって、神の臨在の場所となり、神が用いられる道具となるのです。

さて、最初に敗れたとき、長老たちは、「どうして主は、今日、ペリシテ人の前でわれわれを打たれたのだろう」と自問しました。そして、その対応策として、神の契約の箱を持って来ることにしたのですが、この問いと対応策がとんちんかんなのです。というのは、神が自分たちを打たれた理由を考えるなら、自分たちに何か問題があるはずで、その問題を解決しなければならないのに、それをしないで、神の契約の箱を持って来るという安易な方法で、解決しようとしたからです。しかし、自分たちの問題を探るべきでした。そして、問題をはっきりさせ、反省し、神に告白し、取り除き、改善できるように神の助けを祈るべきだったのです。私たちも、失敗したときには、自分の問題を探るべきです。私たちはとかく手っ取り早い方法で問題を解決しようとしがちです。それでは、本当の解決はありません。自分の問題を探り、神に告白し、悔い、自分が変われるように、聖霊の取扱いを祈りましょう。

テレフォンのお分かち TEL 072-255-0944   鷹取 裕成