2022年5月19日(木)

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聖書一日一章     マタイの福音書 27章

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彼らはますます激しく叫び続けた。(23節)

祭司長たちがキリストをローマ総督ピラトに引き渡したこと、イスカリオテのユダが悔いて自殺したこと、総督の審問、総督による裁判、十字架刑、キリストの死、埋葬、総督が墓に番兵をつけたことを記しています。

さて、キリストが十字架につけられたいきさつは狂気に満ちています。キリストを殺すことは、その教えを危険な異端と見、その人気をねたむ祭司長たちが画策したことですが、実際に決定権を持つのは、総督ピラトでした。ピラトは23節で、「あの人がどんな悪いことをしたのか」と言っているように、キリストには罪がないと考えていました。それは、だれが考えてもそう思えたでしょうし、自分で尋問してみてそういう感触を得たでしょうし、祭司長たちがねたみから殺そうとしていることを知っていたからでしょう。しかし、群衆が「十字架につけろ。十字架につけろ」と激しく叫び続けたために、自分の考えに反し、「私には責任がない」とまで言って、十字架刑を宣告しました。これは異常な裁判です。群衆にしても、祭司長たちに扇動されたとは言え、そこまで激しく叫ぶのは異常です。だいたい、前から拘留していて、裁判を予定していたのならともかく、夜中に逮捕され、連れて来られたばかりなのに、朝の8時に裁判を開き、すぐに判決を下し、すぐに刑を執行するということが異常です。悪魔が働いたとしか考えられません。悪魔が働くときに、狂気が支配し、異常なことが起こります。

しかし、そのような悪魔の働きも、キリストは人々を救うご計画のために用いられました。異常な裁判によって、キリストの処刑が早められ、祭司長たちは過越の祭りが終わってからと企んでいたのに、キリストが予告されたとおり、過越の祭りの最中に処刑されました。また、異常な裁判によって、ローマ人の手によって処刑が行われ、ユダヤ人なら石打ちの刑なのに、キリストが予告されたとおり、十字架刑に処せられました。そして、キリストが予告されたとおり、エルサレムで処刑されました。このように、すべては、キリストのご計画通りに進んでいたのです。キリストは悪魔の働きをも私たちのために用いられたし、これからも用いられるでしょう。

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