2022年9月1日(木)
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聖書一日一章 ローマ人への手紙 15章
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私たち力のある者たちは、力のない人たちの弱さを担うべきです。
(1節)
パウロは、手紙の終わりに近づき、いくつかの励ましの言葉を語っています。
さて、1節では、「私たち力のある者たちは、力のない人たちの弱さを担うべきです」と言いますが、「力のある者たち」とはどういう人々を指しているのでしょうか。まず、「私たち」と言っているのですから、「私」つまりパウロ自身を含めています。パウロはだれが見ても力のある人でしょう。また、パウロが「私たち」と言った場合、いっしょにいる人々、つまり、伝道旅行に同行している人々を含めているでしょう。キリストのことがまったく伝わっていない地域に伝えて行こうという人々ですから、当然、力のある人々と言ってよいでしょう。さらに、ローマのクリスチャンたちに、「私たち力のある者たちはこうしましょう」と勧めているのですから、ローマの一部のクリスチャンたちも含めています。指導的な人々、地位や経済力のある人々が含まれるでしょう。パウロがコリントで出会ったプリスカとアキラという夫婦は、信仰深く、商売をしていて経済力があり、人の世話をよくみる夫婦で、当時ローマにいましたが、そんな人々のことでしょう。
私はそう思っていましたが、今回、ローマのすべてのクリスチャンが含まれると思いました。ローマのクリスチャンたちの中には、病気の人、障がいがあって働けない人、幼な子をかかえたやもめなど、助けてもらわなければ生活できない人もいたでしょう。それでも、すべてのクリスチャンが力のある人だと思うのです。というのは、クリスチャンの力は、人間的なものではなく、内に住んでおられるキリストによるものだからです。パウロはコリント人への手紙第二10章4節で、「私たちの戦いの武器は肉のものではなく、(キリストのもので)、要塞を打ち倒す力があるものです」と言っています。また、同じコリント人への手紙第二12章9節で、パウロが弱さを覚えていたときに、キリストが「わたしの力は弱さのうちに完全に現れる」と言われ、それを聞いて、「私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう」と言っているのです。
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