2023年6月1日(木)

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聖書一日一章    民数記 28章

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芳ばしい香りとして献げなければならない。(2節)

神が命じられた、幕屋で毎日あるいは安息日などの祝祭日にささげるべきささげ物の規定です。それぞれの日についてその種類と量が細かく定められています。この規定は旧約のイスラエルの民のものですし、幕屋で仕える祭司たちの専門的なものですので、私たちには関係ありません。

さて、これらのささげ物について、神は2節で、「芳ばしい香りとして、わたしに献げなければならない」と言われます。ささげ物は幕屋の前の祭壇で焼くことになっていて、煙が天に上っていくので、いかにも神にささげたという印象がしたでしょう。私たちも牛肉を焼いたときのいい臭いを知っていますが、牛や羊のささげ物からは芳ばしい香りが立ち上ったに違いありません。また、小麦粉にオリーブ油を混ぜて祭壇にささげることになっていました。私たちも小麦粉が焦げたときの芳ばしい香りを知っていますが、それにオリーブ油を混ぜて焼くと、どんなに良い香りがしたことでしょう。祭壇でささげることは、芳ばしい香りをささげることでもあったのです。

パウロはエペソ人への手紙5章2節で言います。「愛のうちに歩みなさい。キリストも私たちを愛して、私たちのために、ご自分を神へのささげ物、またいけにえとし、芳ばしい香りを献げてくださいました。」キリストは、私たちを救うために、ご自身を十字架でいけにえとしてささげられました。それだけでも芳ばしい香りですが、それを、人々を愛して、愛のためだけにされました。それこそ最高の神への芳ばしい香りです。私たちは自分をいけにえにすることはできないし、する必要もありませんが、何かをするときに、愛のためにするならば、いや、とてもできませんが、そうしようと努力するときに、少しは芳ばしい香りを放つことができるのではないでしょうか。また、パウロはピリピ人への手紙4章18節で、ピリピ教会からの献金や献品について、「それは芳ばしい香りであって、神が喜んで受けてくださるささげ物です」と言います。献金や献品、というよりは、それを贈る動機となった神への愛、パウロへの愛、パウロが伝道している人々への愛が芳ばしい香りだというのです。愛以上に芳ばしい香りを放つものはありません。

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