2023年7月16日(日)

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聖書一日一章    ヨシュア記 3章

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あなたがたが行くべき道を知るためである。(4節)

モーセの死後、後を継いだヨシュアは、ヨルダン川を渡ってパレスチナに攻め入ろうとしていましたが、斥候を対岸のエリコの町に遣わし、その地の住民がイスラエルを恐れていることを知り、いよいよその時が来たことを確信しました。しかし、川は昔から自然の城壁で、敵の目の前で渡ることはほとんど不可能でした。そのとき、ヨシュアは、契約の箱を祭司たちにかつがせて先頭を行かせ、みんなが1キロほど後からついて行くようにしました。その祭司たちの足が水に浸ったとき、川は満水の時期でしたが、流れが完全に途絶え、歩いて渡ることができました。後でわかったことでしょうが、川は上流のある地点で何らかの原因でせきとめられたのです。

さて、契約の箱を祭司たちにかつがせて先頭を行かせたのは、行進の順番をそうしただけのことではありません。「その後を進みなさい。あなたがたが行くべき道を知るためである」と言うように、自分たちでルートを考えず、契約の箱がそこに臨在しておられる神に導かれるままに進むのに、ついて行こうとしたのです。それは、これからしようとしていることが、ヨシュアにとっても民にとっても、未知のことだからです。私たちは後の時代に生きていて、聖書を読んでいるので、彼らがどのようにしてパレスチナを征服したのかを知っていますが、彼らにとってはすべて未知のことでした。まず、現在のように詳しい地図やその地の正確な情報がなく、パレスチナは未知の地でした。どの道を通って、どこを攻め、どこで宿営してと、ルートを決め、作戦を立てようにも、手立てがありませんでした。ですから、神の導きに頼るしかなかったでしょう。また、ヨシュア自身が指導者として未知数でした。偉大なモーセに比べて、明らかに役不足でした。人々はヨシュアが指導者でほんとうに大丈夫なのかと不安でしたし、ヨシュア自身、多くの民を迷わせることになるのではないかと気が気でなかったでしょう。7節で神がヨシュアに言われた、「わたしはあなたとともにいて、あなたを大いなる者とする」というみ言葉にすがるしかなかったでしょう。さらに、ヨルダン川を渡る方法が未知でした。どう考えても、渡る方法はありませんでした。しかし、神ならどんなことでもできるはずで、神の奇跡に期待するしかなかったのです。

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