2023年9月17日(日)

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聖書一日一章    サムエル記第一 17章

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この戦いは主の戦いだ。(47節)

神はサウル王を王位から退け、代わりに羊飼いの少年ダビデを選ばれました。ダビデは羊飼いをしながら、立琴の腕を見込まれて、サウルの傍らで立琴を弾いたりしていましたが、国民に広く知られる時がやって来ました。ペリシテ人との戦争が始まり、両軍が向かい合っていたとき、ペリシテ軍からゴリヤテという大男が出て来て、代表試合をしようと提案しましたが、イスラエル軍には応じる者がいませんでした。そんなときに、ダビデが戦場にいた兄さんたちに食糧を届けに来て、ゴリヤテが神の民をなぶっているのに、だれも応じないのにいらだち、自分が戦いますと、王に申し出ました。そして、羊飼いが使う石投げでゴリヤテに立ち向かい、石を額に命中させ、倒しました。イスラエル軍は奮い立ち、大勝利し、ダビデは一躍英雄となりました。

さて、ダビデは、45節では、「私は、おまえがそしったイスラエルの戦陣の神、万軍の主の御名によって、おまえに立ち向かう。今日、主はおまえを私の手に渡される」と言い、47節では、「ここに集まっているすべての者も、剣や槍がなくても、主が救いをもたらすことを知るだろう。この戦いは主の戦いだ」と言っています。ダビデは神の力を信じ、神がご自身を侮る大男と戦い、倒されることを確信していました。神はダビデの信仰に答え、ダビデに勝利を与えられました。ダビデは信仰によって勝利したと言えます。

しかし、ダビデの勝利はそれだけではないと思いました。ダビデは神と神の民を熱く愛していました。「生ける神の陣をそしるとは」という言葉にその愛情が表れています。その愛から出た行動だったことも大事な点でしょう。また、まったく勝算がなかったわけではありません。石を回転させて飛ばす石投げの名手でした。ライオンや熊を打ち殺したことがありました。そういう技術や経験なしで、信じていれば大丈夫というのは、無謀です。また、サウルをはじめトップの人々が、どこのだれかもわからない若造にそんな大事な役をやらせてくれたことも幸いでした。そして、それらすべてことが、ダビデが神に選ばれたこと、そのしるしに油を注がれ、そのときに聖霊を受けたこと、その聖霊が働いていることによっていると思います。

テレフォンのお分かち TEL 072-255-0944   鷹取 裕成