2024年7月28日(日)

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聖書一日一章    詩篇 90篇

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朝ごとにあなたの恵みで私たちを満ち足らせてください。(14節)

 前書きに「神の人モーセの祈り」とありますが、後代の人がモーセの気持ちになって歌ったのかもしれません。作者はまず、神が永遠の存在であることをたたえます。次に、永遠の神に比べて、人間の一生が短くはかないことを悲しそうに言います。さらに、神のみ怒りによって、そんなに短い人生になり、しかも人生が労苦と災いに満ちていることを嘆きます。

それは、人類の現実で、どうしようもないことですが、作者は、仕方がないこととしてあきらめません。13節で、「帰って来てください。主よ、いつまでなのですか。あなたのしもべたちをあわれんでください」と言います。嘆かわしい現実は、神が離れておられるからで、帰って来て助けてくださるように訴えるのです。もっとも、神が離れておられるのは、自分たちが信じず従わなかったせいですから、神に憐れんでもらわなければなりませんし、赦してもらわなければなりません。

それでも、作者は大胆に祈ります。「朝ごとにあなたの恵みで私たちを満ち足らせてください。私たちのすべての日に喜び歌い楽しむことができるように」と言います。神の恵みを求めるだけでなく、朝ごとに、満ち足るほどに与えて、喜び楽しませてくださいと言うのです。それも、一生のすべての日にです。さらに、15節では、「どうか喜ばせてください。私たちが苦しめられた日々とわざわいにあった年月に応じて」と言います。苦しみと災いの日々を送ることになったのは自分たちのせいなのに、それだけ苦しんだから、その苦しみを埋め合わせるほど喜ばせてくださいと言うのです。なんと厚かましい求めでしょうか。

このような厚かましい求めができるのは、神に受け入れられているという確信があるからで、作者は不思議に、罪深い者を赦して受け入れる神の深い愛を知っていたのです。私たちは、ひとり子キリストを送られたことによって、また、キリストを私たちの身代わりとして十字架につけられたことによって、その深い愛をもっと知っているのです。

テレフォンのお分かち TEL 072-255-0944   鷹取 裕成