2025年5月28日(水)
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聖書一日一章 ダニエル書 12章
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あなたは終わりの時まで、このことばを秘めておけ。(4節)
2節では、「大地の中に眠っている者のうち、多くの者が目を覚ます。ある者は永遠のいのちに、ある者は恥辱と、永遠の嫌悪に」と言います。死んで眠っている人が復活するのですが、永遠のいのちを受ける人と、永遠の恥辱を受ける人とがあるというのです。永遠のいのちを受けるのは、神を愛し、み心にそって歩み、多くの人をそのような歩みに導いた人です。私たちはとてもそんな者ではありませんが、キリストが「わたしを信じる者は永遠のいのちを持ちます」と言われるので、永遠のいのちを確信しています。
しかし、キリストを信じない人は、みな「永遠の恥辱と嫌悪」を受けることになります。ヨハネの福音書では、「信じない者はさばかれる」と言われています。ただ、「さばかれる」では、どんなふうにさばかれるのかわかりません。新約聖書のほかの多くの箇所では、キリストを信じない人は「滅びる」と言われています。「滅びる」は、恐ろしいことに違いありませんが、存在がまったく消えてしまうことで、一瞬の苦しみのような印象があります。
新約聖書では、キリストを信じない人の最後があまり詳しく語られてはいませんが、はっきり言われている箇所が2つあります。一つはマタイの福音書25章46節で、キリストが「この者たちは永遠の刑罰に入り、正しい人たちは永遠のいのちに入る」と言っておられます。もう一つは、ヨハネの黙示録14章10節で、「その者は、神の憤りのぶどう酒を飲み、聖なる御使いたちと子羊の前で火と硫黄によって苦しめられる。彼らの苦しみの煙は、世々限りなく立ち上る」と言います。これは恐ろしいことです。ただ子どもについては、ある人が、地獄に子どもはいないと言いましたが、とても慰められる言葉です。私はさらに、一つの漠然とした期待を持っています。それは、旧約聖書で、神はあんなに怒りを表しておられたのに、新約時代になってふたを開けると、キリストによる救いの道を備えておられました。ですから、さばきも、その時になれば、神が人間が思いもつかないことを備えておられるかもしれません。「あなたは終わりの時まで、このことばを秘めておけ」と言われるように、詮索しないで、静かに胸に秘めておきましょう。
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