2025年5月31日(土)

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聖書一日一章    ホセア書 3章

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終わりの日には、主とそのすばらしさにおののく。(5節)

預言者ホセアの妻ゴメルは、結婚前の神の言葉通り、姦淫を繰返し、姦淫によって子を産み、家に帰らなくなっていたようです。そんなときに、神はホセアに、「再び行って、夫に愛されていながら姦通している女を愛しなさい」と言われ、ホセアの言葉として、「それで私は、銀十五シェケルと、大麦一ホメルと麦一レテクで彼女を買い取った」とあります。男遊びをして借金をし、借金のために娼婦として働かされていたので、ホセアが身受けしたのでしょう。この行為は、イスラエルの人々が、神に愛されているのに外国の神々を拝んでいる、つまり霊的に姦淫をしているにもかかわらず、神はなおも愛しておられることを表しています。そして、神はその愛を、4節のように、彼らを、流浪の時代の後にご自身に立ち返らせ、祝福することで、具体化されます。

さて、5節には、神に立ち返ったイスラエルの人々は、「終りの日には、主とそのすばらしさにおののく」とあります。一般に、旧約聖書では、「終わりの日」に起こると預言されていることには、キリストの時代に起こることと、文字通り世の終わりに起こることが混在しています。旧約時代から見ると、キリストの時代も、世の終わりも、どちらも遠い「終わりの日」だったのでしょう。その意味でいわば最初の「終わりの日」に、キリストが現れた時、キリストの人となり、その教え、その救いは、人々にとって想像もしなかった恵みで、人々は「主とそのすばらしさにおのの」いたのでした。

やがて、文字通りの「終わりの日」が来ます。その時のことについて聖書はある程度は語っていても、多くは語っていません。最初の「終わりの日」であるキリストが現れた時が「主とそのすばらしさにおののく」時だったのなら、文字通りの「終わりの日」も、きっと、想像もしないことが起こり、想像もしない真理が示され、「主とそのすばらしさにおののく」時となることでしょう。

テレフォンのお分かち TEL 072-255-0944   鷹取 裕成