2025年6月12日(木)

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聖書一日一章    ヨエル書 1章

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このようなことがあっただろうか。(2節)

預言者ヨエルは、いつの時代の人なのかよくわかりませんが、大量発生したいなごが襲来する大災害のときに、神から言葉を受けました。6節では、外国の軍勢の襲来にたとえていますが、いなごはすべての植物の葉を食い尽くすので、被害はそれ以上です。作物がまったくなくなり、牧草もなくなって牛や羊が死に、食べ物がなくなって、多くの人が餓死し、祭司たちは神に助けを祈り求めると言います。その災害は、15節で、「主の日は近い。全能者による破壊の日として、その日は来る」と言うように、すべてのものが破壊される神のさばきの日の予兆なので、その日に備えるようにと勧めます。

さて、この災害はひどくて、人々がいまだかつて経験したことがないようなものでした。私たちの国でも大きな災害が起こり、多くの人々が苦しみましたが、日本全体からすると局所的で、国中の人が食べていけなくなるというものではありませんでした。実は、東日本大震災のときに、日本全体が破局的な状態になるおそれがあり、国の上層部の人たちが真剣に心配したそうです。福島第一原発がメルトダウンを起こしましたが、もし格納容器が割れていれば、250㎞圏内が放射能で汚染され、東京も住めなくなり、その圏内にある原発のメンテナンスができなくなり、そこもメルトダウンを起こすという具合に、全国の原発が連鎖的にメルトダウンを起こし、全国が放射能で汚染される可能性がありました。なぜ格納容器が割れなかったのか、14年経ってもわからないそうで、神の憐れみに感謝しないではおれません。

しかし、この章のみ言葉から、たとえそんな破局的な災害が起こっても、長い目で見れば益になることを教えられます。まず、人々が、高ぶりが砕かれ、へりくだることです。私たちの高ぶりは強く、それくらいのことがない限り砕かれません。次に、人々が世の終わりの神のさばきを考えるようになることです。破局的な災害によって、世の終わりの全世界の破局を連想し恐れるのです。そして、神に助けを求めるようになることです。普通の災害なら、国が助けてくれますが、破局的な災害だと、国は何もできないので、神に求めるしかないのです。

テレフォンのお分かち TEL 072-255-0944   鷹取 裕成