2025年9月15日(月)

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聖書一日一章    マルコの福音書 15章

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彼らはますます激しく叫び続けた。(14節)

キリストは、捕えられ、大祭司の下で裁判を受けた後、ローマ総督ピラトに引き渡されました。ここでは、ピラトが無実と知りながら、群衆の声に押されて十字架刑を宣告したこと、キリストが刑場に連れて行かれ、午前9時に十字架につけられたこと、通行人からののしられたこと、午後3時に息を引き取られたこと、ヨセフという人が遺体を埋葬したことを記しています。

さて、13節には、「彼らはまたも叫んだ。『十字架につけろ』」とあり、ピラトが「あの人がどんな悪いことをしたのか」と言っても、14節に、「彼らはますます激しく叫び続けた。『十字架につけろ』」とあります。そして、15節には、「それで、ピラトは群衆を満足させようと思い、イエスを十字架につけるために引き渡した」とあります。このように、十字架刑の決定は、総督であるピラトの独断ではなく、それどころか、彼自身は釈放を望んだのに、群衆の声を採用せざるをえなかったのです。群衆の声によって決めたとすれば、ある意味で民主主義です。

民主主義は、多数の意見によって決まるので、間違った決定をすることはあまりないと考える人が多いですが、そんなことはないと思います。多数の意見と言っても、一人一人が自分の意見に責任を持っているわけではなく、無責任で移ろいやすく、みんながある人の極端な考えに同調して極端に傾くことがあります。とくに最近は情報がネットで急激に拡散するので、危険です。

ですから、私たちはしっかり立って、多数の意見に流されないようにしましょう。キリストは多数の声によって十字架につけられましたが、彼らに怒ることも恨むこともせず、そういう声を気にせず、神のみ心だけに目をとめておられました。十字架も人々の救いのために神が計画しご自分に負わせられたものと受けとめ、預言された通りに事態が進んでいくのを見つめ、ただみ心に沿うことに努めておられました。パウロはローマ人への手紙12章2節で言います。「この世と調子を合わせてはいけません。むしろ、心を新たにすることで、自分を変えていただきなさい。」

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