2025年9月20日(土)

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聖書一日一章    ルカの福音書 4章

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主にのみ仕えなさい。(8節)

キリストが、悪魔の誘惑を受けられたこと、ナザレの会堂でイザヤ書の救い主の預言を朗読し、ご自分がそれだと宣言されたこと、カペナウムで悪霊を追い出し、ペテロの姑を癒し、多くの病人を癒されたことを記しています。

さて、悪魔の2つ目の誘惑は、世界のすべての国を見せた上で、「このような、国々の権力と栄光をすべてあなたにあげよう」というものでした。マタイの福音書では「栄華」となっていますが、ここでは「権力と栄光」となっていて、この誘惑に権力が含まれていたことがわかります。権力を求める人の中には、人やお金を思うままに使い、私腹を肥やしたいという人がいるでしょうが、そんな欲望はキリストには無縁でしょう。しかし、それとは反対に、世の中を良くするために権力を持ちたいという願望は、キリストにもあったでしょう。正義感の強い人が、世の中の不正、不平等、矛盾、社会全体の誤った暴走などに気づくとき、何とかしたいと思いますが、どうすることもできません。そんなとき、権力を持てば変えることができる、権力を持ちたいと思うのです。このような願望は一見良く見えますが、そこには悪魔の巧妙なわなが潜んでいます。世界の歴史を見ると、権力者の多くは、若いころ、そのような志をもって権力を求めるのですが、権力を持つと、人が変わり、横暴な権力者になってしまうのです。

世の中を良くするために権力を求めたのに、権力を持つと変わってしまうという問題は、権力者の人間性に原因がありますが、人々の側にも、世の中が良くなることより自分の得を求める自己中心の人間性に原因があると思います。やはり、キリストが言われるように、「人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはでき」ないのです。キリストは権力によって世を変えるより、人を新しく生まれさせ、人間性を変え、み心にかなう人に育て、そのような人によって神の国を建てようとしておられます。私たちも、自分にもっと力があれば、もっと良くすることができるのにと思うことはあるでしょう。しかし、自分の自己中心の人間性を忘れないようにしなければなりません。まず、キリストによって新しく生まれ、造り変えられることが必要です。

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