2025年9月24日(水)

_____________________________________________________________________________

聖書一日一章    ルカの福音書 8章

_____________________________________________________________________________

娘よ、あなたの信仰があなたを救ったのです。(48節)

キリストの種蒔きのたとえとその解説、湖の嵐を静められたこと、ゲラサ人の地の悪霊につかれた人から悪霊を追い出されたこと、会堂司の娘を生き返らせたこと、長血をわずらっていた女の人を癒されたことを記しています。

キリストは、会堂司から彼の12歳の娘の癒しを乞われ、彼の家に行き、その時すでに死んでいた娘を生き返らせられましたが、その途中で、12年間長血を患っていた女の人がキリストの衣に触れて癒されました。一方は、病気で死んで生き返らされ、一方は、12年もの病気を癒され、どちらもすばらしい恵みを受けました。しかし、状況は大きく違っていました。会堂司の娘は、そのときは生死の境をさまよっていましたが、会堂司は、裕福で信仰深く、家庭もしっかりしていて、尊敬されるような人で、その娘なら家族に愛され、召使から「お嬢さん」と呼ばれて大事にされ、会堂に集っている人々からもかわいがられていたことでしょう。今回の重病のことでは、多くの人が親身になって心配していたでしょう。かたや、長血を患っていた女の人は、そんなふうに心配してくれる人は、だれもいませんでした。その病気が当時汚れとみなされていたので、だれも近づかず、12年間に親しい人はみな離れていきました。近づいて来たのは、お金目当ての偽医者だけでした。

そんな彼女に、キリストはなんと、「娘よ」と呼びかけられました。そんなふうに呼びかけられたのは、何十年ぶりだったでしょうか。何十年も、だれからも愛されず、だれからも大事にされなかったのです。今、初めて愛され、大事にされたのです。キリストが彼女をそのまま去らせず、見つけるまで捜されたのは、この呼びかけをするためだったのかもしれません。このように、人々の扱い方は、大きく違っていましたが、キリストだけは同じように「娘よ」、「子よ」と呼びかけられました。キリストにとっては同じようにかわいい娘だったからです。私たちも、だれからも顧みられないことがあるかもしれません。しかし、キリストだけは愛情を込めて、「子よ」、「娘よ」と呼びかけてくださいます。キリストにとって私たちはそのような者であるからです。キリストの呼びかけは、千人の呼びかけにまさるのではないでしょうか。

テレフォンのお分かち TEL 072-255-0944   鷹取 裕成