2025年10月2日(木)
_____________________________________________________________________________
聖書一日一章 ルカの福音書 16章
_____________________________________________________________________________
光の子らよりも賢い。(8節)
キリストの、不正な管理人のたとえ話、律法のついての教え、金持ちと貧乏人ラザロのたとえ話を記しています。
キリストは8節で、「この世の子らは、自分と同じ時代の人々の扱いについては、光の子らよりも賢い」と言われました。「この世の子ら」とは、この世の神を信じない人々のことで、富や地位や暮らし向きを一番大事にする人々のことです。それに対し、「光の子ら」は、キリストを信る人々のことです。「この世の子ら」は、人々の扱いにおいては、「光の子ら」よりも賢いと言われ、その点では習うように勧められます。
「この世の子ら」はどのように人々の扱いにおいて賢いのでしょうか。不正な管理人はお金を動かせる権限があるうちに、利益を供与し、何人もの人に恩を売り、やめさせられたときに迎えてくれる人を確保しましたが、そういう点です。そういう賢さを見習うということは、自分がこの世で持っているお金や権限を使って、たとえば、お金を恵まれない人に与えて、この世を去るときに神の国に推薦してくれる人を、確保することです。もっとも、キリストは信じる人々のために十字架で、「わたしのいのちに代えて、神の国に入れてあげてください」と祈られました。ですから、キリストは信じる者にとって、神の国に推薦してくれる友です。私たちはもう確保しているのです。
ところで、「この世の子ら」はいつも賢いわけではありません。この不正な管理人がそんな知恵を発揮したのは、せっぱ詰った時でした。不正が発覚し、やめさせられるのが確実になり、「どうしよう。土を掘る力はないし、物乞いをするのは恥かしい」と考えた時でした。私たちも路頭に迷うのを覚悟する時がありますが、そういう時に、不思議に普段はけっして思いつかないことを思いつくものです。それで、路頭に迷うことを覚悟したほとんどの人が実際には迷わないですんでいます。それは神が人間に与えておられる潜在的能力でしょう。私たちはその潜在的能力をキリストのために使いましょう。
テレフォンのお分かち TEL 072-255-0944 鷹取 裕成
