2025年12月20日(土)

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聖書一日一章    コリント人への手紙第一 6章

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正しくない者は神の国を相続できません。(9節)

パウロはここでは、クリスチャン同士の争いで、その解決をこの世の裁判官にゆだねることを問題とします。そして、やがてキリストとともに世界を治めることになる自分たちの高い身分を自覚し、自分たちで解決するように勧めます。また、遊女との肉体関係について、キリストに贖ってもらった限り、体はキリストのもの、そんな体を遊女と一体としてはいけないと戒めます。

さて、9節では「正しくない者は神の国を相続できません」と言います。「相続」というのは、神の国の市民権と住まいをもらうことで、神の国に入れることにほかなりません。神の国は悪いものがまったくない国ですから、神のみ心にかなった者だけが入れるのは、言うまでもありません。人間はみな生まれながらに心が曲がっていて悪いことをし続けていますので、とても入れません。しかし、パウロがローマ人への手紙で強調するように、神の恵みにより、キリストの身代わりの死により、キリストを信じる者はだれでも「義と認められ」るようになりました。それで、キリストを信じる者は、義と認められている、つまり正しいと認められているので、神の国に入れるのです。

しかし、パウロはこの言葉をクリスチャンに言っているようです。「義と認められ」ているはずのクリスチャンに、なぜ、そのままで神の国に入れますと言わず、そのままでは入れないように言うのでしょうか。

おそらくこういうことでしょう。「義と認められ」ていないから悪い行いを改めるように言うのではなく、「義と認められ」ているからこそ、そう言っているのです。キリストを信じていない人は「義と認められ」ていませんが、パウロが正しくないと言っていることを正しくないとは思っていないし、止められない限りは自分の望むように生きたいと思っているので、その忠告は無意味です。むしろ、キリストを信じて「義と認められ」た人こそ、正しく生きたいと思っているので、パウロの忠告を進んで聞くことができるのです。箴言9章9節は言います。「知恵のある者に与えよ。彼はますます知恵ある者となる。正しい人を教えよ。彼は洞察を深める。」

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