2025年12月22日(月)
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聖書一日一章 コリント人への手紙第一 8章
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唯一の主なるイエス・キリストがおられるだけです。(6節)
パウロはここでは、クリスチャンが、偶像に献げた肉を出された場合、あるいは市場で売っている肉などで、偶像に献げたかどうかわからない場合などに、食べて良いかどうかを述べます。まず、偶像の神は実際には存在しないので、献げた肉自体が汚れることはないと断言します。その上で、長い間偶像の神々を拝んできた後にキリストを信じた人々のことを思いやります。彼らは、長い間の習慣で、偶像に献げた肉が影響されているように感じ、食べると汚れるように感じ、神から嫌われるかもしれないと心配していました。パウロは彼らがそう感じるなら、自分は肉を食べないと同情を表します。
さて、パウロは、偶像の神々が実際には存在しないことを確信させるために6節で言います。「私たちには、父なる唯一の神がおられるだけで、この神からすべてのものは発し、この神に至るからです。」唯一の神以外に神は存在しない、すべてのものはこの神から出ていて、この神以外の何かから出たものは一つもない、つまり、神は唯一ですべての存在の源だという真理です。
そう言った後、パウロは同じ節で言うのです。「また、唯一の主なるイエス・キリストがおられるだけで、この主によってすべてのものは存在し、この主によって私たちも存在するからです。」唯一の神以外に神は存在しないと言った直後に、キリストも唯一の神で、すべてのものはキリストから出ていて、すべてのものの存在の源だと言うのです。これは無茶です。唯一が二つあることになります。これが矛盾しないのは、キリストが神と同一の場合だけです。しかし、それは聖書に記されていることに明らかに反します。キリストは神を父と呼び、愛し慕い従っておられ、その父から遣わされてきたという意識をいつも持っておられました。キリストが神と同一だということはありえません。となると、唯一が二つあることになりますが、こんな矛盾した話はありません。
しかし、頭では理解できなくても、成熟したクリスチャンは、心でわかっているのではありませんか。この矛盾によって初めて自分の救いがあると。
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