2025年12月28日(日)

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聖書一日一章    コリント人への手紙第一 14章

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愛を追い求めなさい。(1節)

パウロは、12章から「御霊の賜物」について話してきましたが、ここでは、「異言」と「預言」について話します。「異言」とは、聖霊に動かされるままに我を忘れて話すもので、通常は意味のわからない言葉です。「預言」は、聖霊から示されたことを普通の言葉で語るもので、意味はわかります。コリントのクリスチャンたちの中には「異言」を話す人が多く、集まったときに、みなが意味不明なことを話し始めるので、初めての人がはいって来たときには、みな気が狂ったのかと思うでしょう。その上、「異言」は神秘的で、いかにも神の奥義のようなので、あこがれる人が多く、同時に、その賜物を持っていない人が、ねたんだり反感を抱いたりすることが多く、分裂の原因になっていました。

パウロは1節で「愛を追い求めなさい」と言いますが、この章で「異言」や「預言」について言っているすべてのことは、この命令に要約されると思います。「異言」を話す人は、それでなくては得られないような神との霊的な交わり、恍惚感、霊的に高められる喜び、満たされる思いがあって話すのでしょう。それ自体は、パウロが自分はだれよりも多くの「異言」を話すと言っているので、良いものに違いありません。しかし、それよりも、ほかの人の成長になるかどうか、そのためには、ほかの人がわかり、目が開かれ、ほんとうにそうだと思い、ますますキリストを信じ、慕い、従っていこうと思うかどうかが、大事だというのです。とくに、初心の人が、真理を理解し、自分の間違いを知り、神の前にひれ伏すようになることが大事だと言うのです。ほかの人の成長と益のためにすることこそ、愛だからです。40節で、「すべてのことを適切に、秩序正しく行いなさい」と言いますが、これも同じで、規律を守るようにということではけっしてないと思います。すべてのことをほかの人の益のために、つまり愛でしなさいということだと思います。

テレフォンのお分かち TEL 072-255-0944   鷹取 裕成