2026年1月5日(月)
_____________________________________________________________________________
聖書一日一章 コリント人への手紙第二 6章
_____________________________________________________________________________
自分を神のしもべとして推薦しています。(4節)
パウロは、エルサレム教会からの推薦状がないので使徒の資格がないと批判する人たちを意識して書いてきましたが、1節で、「神の恵みを無駄に受けないようにしてください」と言い、使徒の務めのためにどんなに力を尽くしているかを述べます。14節では、「不信者と、つり合わないくびきをともにしてはいけません」と言いますが、彼らをクリスチャンと自称している「不信者」と断定し、彼らから離れるように勧めるのです。
さて、4節では、「あらゆることにおいて自分を神のしもべとして推薦しています」と言います。自分のことを神のしもべとしてふさわしいと推薦していると言うのですが、実際、言葉で推薦するだけでなく、行動で証明していました。このように、パウロは自分のことを「神のしもべ」と自覚していたのですが、「神のしもべ」はパウロのようなフルタイムで神に仕えている人だけではありません。クリスチャンはみな神を「主」と呼びますが、そう呼ぶこと自体、自分を「神のしもべ」だと言っているのにほかなりません。
この「神のしもべ」は、「しもべ」という言葉通り、神から与えられた課題を忠実に行うことが務めですが、神の顔という役割もあると思いました。たとえば、ソロモン王を訪問したシェバの女王は、家来たちや給仕たちの態度を見て、ソロモンの知恵の高さに感心しました。ソロモンのしもべたちがソロモンの顔だったのです。同じように、神を知らない人々は、神と触れることができないので、私たちを見て神のことを考えます。つまり、神のしもべである私たちが神の顔だということです。
しかし、私たちは、神の顔という役割には、甚だ出来損ないで、恥かしい限りです。救われ新しくされましたが、古い自分をたくさん引きずっているからです。パウロはコロサイ人への手紙3章10節で言います。「あなたがたは新しい人を着たのです。新しい人は、それを造られた方のかたちにしたがって新しくされ続け、真の知識に至ります。」私たちも新しくされ続けましょう。
テレフォンのお分かち TEL 072-255-0944 鷹取 裕成
