2026年1月9日(木)

_____________________________________________________________________________

聖書一日一章    コリント人への手紙第二 9章

_____________________________________________________________________________

あらゆる恵みをあふれるばかりに与えることがおできになります。

(8節)

パウロは、異邦人の諸教会からユダヤ人の貧しいクリスチャンたちへの献金について、コリントのクリスチャンたちがそれを始めたことをほめ、献金は受ける人々を助けるとともに、する本人に豊かな祝福をもたらすと言います。

さて、パウロは6節以下で、献金する人への神の祝福について、3つのことを言っています。一つ目は、9節で、「彼は貧しい人々に惜しみなく分け与えた。彼の義は永遠にとどまる」と言います。これは詩編112篇9節の引用ですが、貧しい人に分け与える良い行いを神が永遠に覚えられるというのです。良い行いが、だれにも知られず、だれからもほめられず、だれにも覚えられなくても、神は知っておられ、喜ばれ、永遠に覚えられるのです。二つ目は、6節で、「豊かに蒔く者は豊かに刈り入れます」と言います。献金を種まきにたとえ、多くの種を広い範囲に蒔けば、それだけ多くの収穫が得られることから、献金をすれば、それだけ多くの収入を得られると言うのです。ただこれは、あくまで、その人が神を愛してした良い行いを、神が喜び、永遠に覚えられることのしるしであって、献金をすれば、増えて返ってくるというものではありません。儲けをねらって献金するような卑しい心では、祝福されないでしょう。三つ目は、10節で、「種蒔く人に種と食べるためのパンを与えてくださる方は、あなたがたの種を備えてくださいます」と言います。これも、献金を種まきにたとえています。多くの種を広い範囲に蒔けば、それだけ多くの収穫が得られるとしても、蒔く種がなければ、蒔けません。それで、神はご自身を愛する農夫には、蒔くための種と、収穫までの数ヶ月、食べるための種を備えて来られました。同じように、神はご自身愛する人々には、献金するためのお金と、その前に生活するためのお金が必要ですが、それを備えてくださるのです。

こういうことが言えるのは、神が霊の世界だけの神ではなく、物質的な世界でも力があり、何でも与えることができるからです。8節。「神はあなたがたに、あらゆる恵みをあふれるばかりに与えることがおできになります。」

テレフォンのお分かち TEL 072-255-0944   鷹取 裕成