2026年1月15日(木)

_____________________________________________________________________________

聖書一日一章    ガラテヤ人への手紙 3章

_____________________________________________________________________________

それはキリストのことです。(16節)

パウロはここでは、ガラテヤのクリスチャンたちが割礼派に影響され、割礼をはじめとする律法の儀式を守り始めたことを諫めます。律法が不要であることを示すために、アブラハムが信仰によって義と認められたこと、律法を破るのろいを消すために、キリストが十字架でのろわれた者となられたことを述べます。また、それなら神はなぜ律法を定められたのかという疑問に答え、キリストが来られるまでの養育係だと説明します。

さて、16節で言います。「約束は、アブラハムとその子孫に告げられました。神は、『子孫たちに』と言って多数を指すことなく、一人を指して『あなたの子孫に』と言っておられます。それはキリストのことです。」創世記13章などで、神はアブラハムに「あなたとあなたの子孫に」と言って、カナンの地とあらゆる祝福を約束されました。その「あなたの子孫」がキリストだと言うのです。しかし、パウロは「あなたの子孫」が文法的に単数なので、一人の子孫キリストを指していると言っているのではないと思います。実は、ヘブル語の「子孫」という語は、子孫の一人を表すことも、集合名詞として子孫全体を表すこともあります。実際、神がカナンの地について「あなたの子孫に与える」と約束されたとき、「あなたの子孫」は明らかにアブラハムの子孫全体、イスラエル人を指しています。だとすると、パウロはなぜ「あなたの子孫」はキリストだと言っているのでしょうか。聖霊によって、神が「あなたの子孫に」と言われたときの神の隠されたみ心を示されてそう言っているのだと思います。

もし「あなたの子孫」がアブラハムの子孫全体だとすれば、神の祝福の約束はアブラハムの子孫全体、イスラエル人に限られます。私たちとは関係がありません。しかし、「あなたの子孫」はキリストなのです。キリストはイスラエル人も含めた全人類に神の祝福をもたらすために来られました。ですから、「あなたの子孫」への祝福の約束は、すべての人に、そして私たちに及ぶのです。

テレフォンのお分かち TEL 072-255-0944   鷹取 裕成