2026年1月19日(月)

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聖書一日一章    エペソ人への手紙 1章

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ご自分の子にしようと、定めておられました。(5節)

この手紙は、パウロが、第三次伝道旅行で長く滞在して伝道した小アジアの中心都市エペソのクリスチャンたちに書き送ったものです。ローマで2年間軟禁されていたときに、そこから送ったものと考えられます。この章では、神が永遠の昔から計画してこられた驚くほど豊かな恵みをキリストによって実現されたことを述べます。15節以下は、クリスチャンたちの心の目が開かれ、その恵みをより深く知ることができるようにという祈りです。

さて、5節では、「神は、みこころの良しとするところにしたがって、私たちをイエス・キリストによってご自分の子にしようと、愛をもってあらかじめ定めておられました」と言います。キリストを信じる者が神の子どもにしてもらっていることは、新約聖書のいくつかの箇所で教えられています。神の子どもは、信じられないほど高い地位だし、手に入らないものがないほど裕福だし、完全に守られているし、何にも増して、限りなく愛に満ちた神に子どもとして愛されるのですから、こんな幸せはありません。そして、そのようにキリストを信じて神の子どもになることが、あらかじめ定められていると言うのです。それも、生まれる前からどころではなく、4節のように「世界の基が据えられる前から」定められていると言うのです。このことは、神の子どもになることが、人間の正しさや誠実さや努力や神に仕えた実績や様々な試練を乗り越えた実績によるのではないことを教えます。神の子どもにしてもらっていることは、神の憐れみであって、だれも誇れません。

しかし、あらかじめ定められていると言っても、だれが定められているかは、地上ではわかりません。ある人がキリストを信じたいと思っても、定められていないから、信じられないということはありません。すべての人は、信じたいなら、信じて神の子どもになることができます。信じる人が定められているから、伝道する必要がないということはありません。そればかりか、今信じている人が神の子どもに定められているとは限りません。信仰を捨てることもあるからです。一生信じ続け、信じて死を迎えて初めて神の子どもに定められていることがはっきりするのです。信じ続けることが大事です。

テレフォンのお分かち TEL 072-255-0944   鷹取 裕成