2026年1月24日(土)
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聖書一日一章 エペソ人への手紙 6章
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主は人を差別なさらない。(9節)
パウロはここでは、キリストを信じる、子どもたち、父たち、奴隷たち、奴隷の主人たちに、キリストのしもべとしての心得を教え、最後に、悪魔に対して、正義、信仰、祈りなどの霊的な武具で立ち向かうように励まします。
さて、9節では、「あなたがたは、主は人を差別なさらないことを知っているのです」と言います。キリストが人を差別なさらないことは、エペソのクリスチャンたちがよく知っていると言うのですが、私たちもそのことはよく知っています。しかし、今改めて、そのことが、普通のことではなく、すごいことだと思いました。というのは、この世界は差別に満ちているからです。当時は、身分というものがあって、貴族と平民という差別がありました。また、ローマ市民権を持っている人とそうでない人は、権利も取り扱われ方も違いました。さらに、自由民と奴隷という絶対的な身分の違いもありました。また、女性は男性に比べて低い地位で、権利や行動が制限されていて、家で夫に仕えるような立場でした。また、ギリシア人はほかの民族を野蛮人とみなしていました。ローマ人は支配下にある民族を見下していました。現在は、世界的に差別が非難されていることもあって、あからさまな差別は少ないですが、実際には至る所に差別があります。私たちも自分のことを考えてみると、多くの人とは対等に話をするでしょうが、思わず見上げてしまう人と、思わず軽くあしらってしまう人があるのではないでしょうか。
そんな差別に満ちた世界にあって、キリストがどんな人も少しも差別なさらないというのは、すごいことですし、涙が出るほどありがたいことです。私自身、人を見下げる差別的な人間でしたが、反対に自分が見下げられて傷ついてもいました。そんな私がキリストに出会い、はじめて一人の尊い人間として取り扱っていただいて、慰められ、癒されました。その実体験を通して、ほかの人を一人の尊い人間として見ることを学びました。パウロはガラテヤ人への手紙3章28節で言います。「(キリストにあっては、)ユダヤ人もギリシア人もなく、奴隷も自由人もなく、男と女もありません。あなたがたはみな、キリスト・イエスにあって一つだからです。」
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