2026年1月26日(月)

_____________________________________________________________________________

聖書一日一章    ピリピ人への手紙 2章

_____________________________________________________________________________

へりくだって、互いに人を自分よりすぐれた者と思いなさい。(3節)

パウロは、ここでは、2節で、「あなたがたは同じ思いとなり、同じ愛の心を持ち、心を合わせ、思いを一つにして、私の喜びを満たしてください」と言い、和合するように勧めます。クリスチャンたちは、同じキリストを信じているのですから、和合するのが当然です。しかし、和合はそれほどたやすいことではありません。同じキリストを信じていても、性格の違い、習慣の違い、立場の違い、文化の違いがあり、利害の対立が生じるからです。

そこで、パウロは、へりくだることを強く勧めます。3節では、「へりくだって、互いに人を自分よりすぐれた者と思いなさい」と言います。へりくだるということは、自分を低い者と自覚することであり、それは、ほかの人をすぐれた人と思うことです。

パウロはへりくだることを勧める上で、キリストのへりくだりの姿を描きます。「キリストは、神の御姿であられるのに、神としてのあり方を捨てられないとは考えず、ご自分を空しくして、しもべの姿をとり、人間と同じようになられました。人としての姿をもって現れ、自らを低くして、死にまで、それも十字架の死にまで従われました。」このようなキリストのへりくだりの姿は、私たちの模範であり、目標です。

しかし、その模範が、あまりに高くて、とても真似できません。私たちはその模範に、どのように近づけばよいのでしょうか。それについては、パウロがガラテヤ人への手紙4章19節で、聖霊が私たちの内に、キリストを形造られると言っていることが参考になると思います。聖霊が私たちの内に、キリストを形造られるのなら、私たちの内に、キリストのへりくだりの姿も形造られるのではないでしょうか。そこに期待しましょう。

テレフォンのお分かち TEL 072-255-0944   鷹取 裕成