2026年1月28日(水)

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聖書一日一章    ピリピ人への手紙 4章

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寛容な心が、すべての人に知られるようにしなさい。(5節)

そのように、パウロはクリスチャンたちに、寛容な心を持つように、その心を行動に移し、人々に知らせるようにと勧めます。クリスチャンが寛容な心を持つことが知られれば、キリストへのあこがれを起こし、伝道になるでしょう。しかし、クリスチャンも普通の人間です。悪口を言われたり、約束を裏切られたり、不公平な取り扱いを受けたりすると、ひどく腹が立ちます。口や手を出さないようにするだけで精一杯で、とても穏やかな心でおられません。

そのことで、4節が助けになると思いました。「いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。」この喜びは、良いことがあったときの普通の喜びではなく、「主にあって」の喜び、つまり、キリストと結ばれていて、永遠の愛で包まれていることの喜びです。この喜びがあれば、多少腹の立つことがあっても、喜びのほうが大きいので、心はすぐに静まるでしょう。ただ、この喜びは、ガラテヤ人への手紙5章で、「御霊の実」と言われているように、聖霊によって成長し、みのるものです。どんな植物でもみのるのに時間がかかり、一日ぐらいではほとんど変わりません。私たちが聖霊によって少しでも速く成長し、喜びの実をみのらせることができるように祈りましょう。

また、11節と12節も助けになると思いました。「私はどんな境遇にあっても満足することを学びました。私は、貧しくあることも知っており、富むことも知っています。満ち足りることにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、ありとあらゆる境遇に対処する秘訣を心得ています。」どんな境遇にあっても満足する、つまり、富んでいる時はもちろん、貧しい時も、自由に活動できる時はもちろん、現在のパウロのように監禁されている時も満足する秘訣を知っているというのです。その秘訣は、自分の満足や幸福が、境遇に支配されないようにすることでしょう。本来、満足や幸福は、心がするもので、境遇とは直接関係のないものです。そこに気がつき、心の満足や幸福を、境遇とは別の、霊的なものに求めることです。キリストはヨハネの福音書7章38節で言われます。「わたしを信じる者は、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」

テレフォンのお分かち TEL 072-255-0944   鷹取 裕成