2026年2月7日(土)
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聖書一日一章 テサロニケ人への手紙第二 1章
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あなたがたの信仰が大いに成長している。(3節)
この手紙は、パウロが第一の手紙を書き送った後、少しして書き送ったものと考えられます。ここではテサロニケのクリスチャンたちの信仰をほめ、迫害の苦しみには、キリストの再臨の時に大いに報いられると励まします。
さて、パウロは3節で、テサロニケのクリスチャンたちの信仰が大いに成長していることを神に感謝しています。彼らが迫害の中で信仰を失わないばかりか、信仰が成長しているというのです。こんなに良いことはありません。とはいえ、信仰が成長するとはどういうことでしょうか。まず思いつくのは、信仰が強くなることです。疑うことがなくなり、否定されても反対されてもけなされても動揺しなくなり、祈りは必ずかなえられると確信し、なかなか実現しなくても、信じて待つようになることでしょう。またそれは、キリストを信じる者にふさわしい品性を身につけることでしょう。その品性について、ローマ人への手紙12章でまとめて述べています。「愛には偽りがあってはなりません。悪を憎み、善から離れないようにしなさい。兄弟愛をもって互いに愛し合い、互いに相手をすぐれた者として尊敬し合いなさい。勤勉で怠らず、霊に燃え、主に仕えなさい。あなたがたを迫害する者たちを祝福しなさい。喜んでいる者たちとともに喜び、泣いている者たちとともに泣きなさい。」とてもできそうにありませんが、成長のための良い目標でしょう。
信仰が成長することは、一言で言うと、キリストのようになることでしょう。パウロはピリピ人への手紙3章9節から14節で、自分がどれほどキリストのようになることを目指しているかを語っています。また、ガラテヤ人への手紙4章19節で、「あなたがたのうちにキリストが形造られるまで、私は再びあなたがたのための産みの苦しみをしています」と言っています。
信仰が成長するということは、私たちにとって幸いなことです。肉体の成長は18歳ぐらいで止まります。知的な成長はもっと続きますが、限界があります。それに対し、信仰の成長には限界がありません。私たちは何歳になっても、信仰的に成長することができます。信仰の成長のために祈りましょう。
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