2026年2月18日(水)

_____________________________________________________________________________

聖書一日一章    テモテへの手紙第二 3章

_____________________________________________________________________________

神の人が十分に整えられた者となるためです。(17節)

パウロはここでは、世の終わりが近いという予想に基づいて、もっと近づくとどんな悪い時代になるかを語り、学んだ信仰と生き方をしっかり守るように励まします。また、そのために聖書をよく読むように勧めます。

さて、16節では、「聖書はすべて神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と訓練のために有益です。神の人がすべての良い働きにふさわしく、十分に整えられた者となるためです」と言います。聖書がクリスチャンにとって有益であることは言うまでもないように思えますが、実は、ここで言う聖書は、旧約聖書です。新約聖書はこの時点ではまだできていませんでした。旧約聖書では、創造主なる神のこと、人間が罪深いこと、神のさばきのことが教えられていますが、神が怒られたということが頻繁に出てきて、とても愛なる神だとは思えません。また、守らなければならないことがたくさん書かれていて、その一つ一つを落度なく守ることが、信仰者の生き方のような印象を与えます。キリストについての預言もたくさんありますが、示唆的で、読めばわかるというものではありません。使徒の働き8章に登場するエチオピア人の高官は、イスラエルの神を信じていて、イザヤ書を読んでいましたが、伝道者ピリポから「わかりますか」と聞かれて、「導いてくれる人がいなければ、どうして分かるでしょう」と答えています。

それでは、現在の私たちには新約聖書があるので、新約聖書を読めば、すべて正しくわかるかと言うと、そうとも言えません。というのは、私たちの信仰の中心的な教えである、キリストの十字架の贖罪による救いについては、福音書にはほとんど記されていません。マルコの福音書10章45節とヨハネの福音書10章15節ぐらいです。聖書は読めばわかるというものではないことを踏まえて、二つのことを覚えました。一つは、「聖書はすべて神の霊感による」つまり聖霊によって書かれたものなので、理解するには聖霊の解き明かしが不可欠だということです。一つは、「神の人が整えられた者となるためです」と言うように、人が「神の人」つまり神に忠実な人になればなるほど、聖書がよくわかり、重宝で有益なものになるということです。

テレフォンのお分かち TEL 072-255-0944   鷹取 裕成