2026年2月21日(土)
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聖書一日一章 テトスへの手紙 2章
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若い人には、あらゆる点で思慮深くあるように勧めなさい。(6節)
パウロはテトスにここでは、年配の男女、若者、奴隷それぞれに対し、戒めるべきことと勧めるべきことを教えています。
さて、6節では、「若い人には、あらゆる点で思慮深くあるように勧めなさい」と言います。若い人には思慮深くあるようにとの指導が必要だというのですが、それは若い人が軽率だからです。若い人の軽率さの具体例を挙げてみましょう。危険なことをして、事故を起こす。むしゃくしゃすると、だれかに八つ当たりしたり、ばか騒ぎをしたりして、人に迷惑をかける。激怒すると、自分を押えられず、大げんかをし、大切な友人を失ってしまう。将来のことを考えないで、遊びほうける。良い仕事も、少し嫌なことがあると、すぐにやめてしまう。アルコールや薬物やギャンブルに溺れてしまう。うまい話しに載せられる。よく考えずにセックスをして、望まない妊娠をさせたり、させられたりする。過激な思想にあおられ、何も見えなくなってしまう。
これらの軽率さは、実は、若い人だけのものではありません。軽率さ、むしろ愚かさと言ったほうがよいでしょうが、それは全世代共通のものです。パウロはエペソ人への手紙2章3節で、「私たちもみな、かつては自分の肉の欲のままに生き、肉と心の望むことを行い、ほかの人たちと同じように、生まれながら御怒りを受けるべき子らでした」と言います。つまり、すべての人が生まれながらに愚かだというのです。また、その原因について、ローマ人への手紙1章21節で、「彼らは神を知っていながら、神を神としてあがめず、感謝もせず、かえってその思いはむなしくなった」と言うのです。
だとすれば、この問題の解決は、神に立ち返るしかありません。パウロは使徒の働き17章のアテネでの説教で、「神はそのような無知の時代を見過ごしておられましたが、今はどこででも、すべての人に悔い改めを命じておられます」と言います。その通り、私たちは神に立ち返った者です。私たちはまだまだ愚かさから解放されたとは言えませんが、それでも、聖霊によって目が開かれ、何が愚かかがわかり、解放されつつあることは確かです。
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