2026年2月23日(月)

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聖書一日一章    ピレモンへの手紙 1章

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奴隷以上の者、愛する兄弟としてです。(16節)

この手紙はパウロがピレモンというクリスチャンに、彼の奴隷、オネシモのことで書いた手紙です。ピレモンはパウロの伝道でキリストを信じた人で、自分の家を集会に提供していて、パウロから「同労者」と呼ばれています。パウロがローマで拘留されていたときに、彼の所から逃亡した奴隷オネシモが訪ねて来て、キリストを信じ、パウロの世話をしていましたが、パウロはピレモンに返すべきだと考え、彼にとりなしのこの手紙を書きました。

16節では、ピレモンに、オネシモを「もはや奴隷としてではなく、奴隷以上の者、愛する兄弟として」受け入れてほしいと言います。もしピレモンが彼を「愛する兄弟」として受け入れるなら、もう指図はできませんから、かなり譲歩することになるでしょう。しかし、15節で、「永久に彼を取り戻すため」と言って、それのほうがより良い彼を得ることになる考えています。ピレモンにとって、奴隷のオネシモより「愛する兄弟」のオネシモのほうが有益なのでしょうか。

パウロは11節でオネシモのことを「私にとっても役に立つ者になっています」と言います。パウロは彼を奴隷として使っているわけではなく、「愛する兄弟」の関係で、オネシモが自発的に外に出られないパウロのために使い走りをしていたのですが、それがパウロにとってとても役に立っていたのです。そのような「愛する兄弟」の関係でピレモンの家に戻った場合、以前は、大声で命令しなければ動かず、目を離せばさぼっていたでしょうが、今度は命令されなくても働くでしょうし、見張る必要もありません。また、以前は、力で押さえつける人といやいや働く人の関係だったのに、自発的な奉仕と感謝の関係になるのです。それはピレモンにとっても有益ではないでしょうか。

現在、奴隷制度はありませんが、力やお金で使われている人は多く、みなできれば人を使う立場になりたいと思っています。しかし、たとえ人を使う幸せな立場であっても、「愛する兄弟」を持つことにはかないません。教会で愛する兄弟姉妹を何人も持っていることはほんとうに幸いなことです。

テレフォンのお分かち TEL 072-255-0944   鷹取 裕成