2026年2月25日(水)
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聖書一日一章 ヘブル人への手紙 2章
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救いの創始者を多くの苦しみを通して完全なものにされた。(10節)
この手紙の著者はキリストがみ使いたちの一人ではなく、神のみ子であることを旧約聖書の預言から証明しようとしています。
さて、10節では、「多くの子たちを栄光に導くために、彼らの救いの創始者を多くの苦しみを通して完全な者とされたのは、神に、ふさわしいことであった」と言います。「多くの子たち」つまり神を慕う多くの人々のために、「救いの創始者」つまりキリストを、十字架刑を含む多くの苦しみを通して完全な者とされたと言うのです。この、キリストが完全な者になられたというのには、疑問を感じます。それはとりもなおさず、最初は不完全だったということだからです。キリストは元々神のみ子であり、ヨハネの福音書1章によると、神とともに世界を創造された方で、コロサイ人への手紙1章によると、「見えない神のかたち」で、最初から完全なはずです。
この疑問について、この章のいくつかのみ言葉が心にとまりました。キリストについて、9節では、「御使いよりもわずかの間、低くされた」と言い、17節では、「イエスはすべての点で兄弟たちと同じようにならなければなりませんでした」と言います。ということは、神のみ子は本来の状態より低く弱くなられたということで、低く弱い状態は、不完全な状態です。キリストは、生まれてから死なれるまで罪を一つも犯さず、その正しさ、きよさは完全でしたが、力においては不完全だったのです。
だとすると、「多くの苦しみを通して完全な者とされた」のは、ご自身がまとわれた弱い人間性のことです。その人間性が、きよさにおいては完全でも、強さにおいては、弱く不完全だったのに、多くの苦しみを通して、強くされ、完全にされたというのです。そして、それは10節によると、「多くの子どもたちを栄光に導くために」、つまり、神の子どもである私たちの人間性を強く完全にするためだというのです。私たちはやがてキリストによってスーパーマンになるのです。そのことを覚え、私たちは今は甚だ弱い者ですが、ともにおられるキリストによって、少しでも強くありましょう。
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