2018年11月18日(日)

_____________________________________________________________________________

聖書一日一章     ヨエル書 1章

_____________________________________________________________________________

力強く、数えきれない国民だ。(6節)

ヨエルという預言者は、この書にしか登場しませんので、いつごろのどんな人か見当がつきません。預言の内容から、エルサレムにいたことはわかります。この預言は、イナゴの大群による大災害に際し、神から与えられたものです。その災害は、いまだかつてないひどい災害で、4節でイナゴのいろいろな種類の名が出てくるように、複数の種類のイナゴの大量発生が重なって起きたのでしょう。その大群は、ありとあらゆる草木を食い荒らしてしまいました。そのため、穀物もぶどうもぶどう酒も油もなくなってしまい、牛や羊も食べる草がなく、死にかけていました。

そこで、神は5節で「目をさませ」と、霊的覚醒を促されます。15節では「主の日は近い。全能者からの破壊のように、その日が来る」と言われます。イナゴの災害は、恐ろしいさばきの日の前ぶれなので、その日が近いことを覚えよと言われるのです。14節では、「断食を布告し、きよめの集会のふれを出せ」と、その日に備え、罪を悔い改めて捨て、ご自身に祈り求めよと勧められます。苦しいこと、つらいこと、悲しいことが起こったときには、ただ泣くだけでは、何の益にもなりません。泣いて悔改め、罪を捨て去り、神に祈り求めるなら、不幸は神の祝福への入口となることでしょう。

ところで、6節では、神が「一つの国民がわたしの国に攻め上った。力強く、数えきれない国民だ。その歯は雄獅子の歯、それには雄獅子のきばがある」と言われます。イナゴの大群の襲来を外国の軍の襲来にたとえておられるのですが、イナゴの大群はそれほどの力があったのです。また、何もかも食べてしまうその歯は、獅子の牙のような印象を与えたのです。それにしても、1匹なら、指で握りつぶしてしまえる弱い虫であり、その歯も、噛まれる心配のないほど弱く小さな歯です。それなのに、無数の群れになると、ひとつの国の軍ほどの力があり、獅子の牙のように恐ろしいものになるのです。数の力を再認識させられます。それは私たち自身にも当てはまります。クリスチャンひとりひとりは弱い者です。しかし、いっしょに集まり、聖霊によってひとつの心になるときに、大きな力を発揮できるのです。

テレフォンのお分かち TEL 072-255-0944   鷹取 裕成
神の恵みが豊かにありますように