2020年9月30日(水)

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聖書一日一章     歴代誌第二 3章

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モリヤの山で主の宮の建築を始めた。(1節)

ソロモン王は4年目に神殿の建設を始めました。本堂は、間口9m、奥行き27m、高さ27mでした。内側は、入口から玄関、聖所、至聖所に分かれていました。至聖所には契約の箱が置かれ、それを守るように、天使ケルビムの大きな像が2体、向かい合わせに置かれていました。入口の両側には、大きな青銅の柱がありました。

さて、1節には、「ソロモンは、エルサレムのモリヤの山で主の宮の建築を始めた。そこは、主がダビデにご自分を現されたオルナンの打ち場があったところである」と記されています。神殿の建設用地は、ダビデのある過ちのために、疫病がはやったとき、ダビデが神から示され、オルナンという人の麦打ち場に祭壇を築き、いけにえを献げると、疫病が止んだという、特別な場所でした。しかも、その場所が「モリヤの山」と呼ばれています。「モリヤの山」と言えば、創世記22章でアブラハムが神から子のイサクをいけにえとして献げるように命じられ、献げようとしたところ、天使に止められ、献げないですんだ場所でした。そんないけにえと関係深い場所に、いけにえを献げるための神殿が建てられるのです。さらに、ずっと後に、キリストがそこですべての人のためにご自身をいけにえとして献げられるのです。

地球上に「聖地」と呼ばれる場所は多くありますが、こんな3度も歴史的に大きな意義を持つ出来事が起きた場所はありません。エルサレムは地球上随一の「聖地」です。ところが、そんな大切な聖地を、キリストは気にもとめられないのです。ヨハネの福音書4章で、サマリアで出会った女性に、ご自分が救い主であることを伝えられたとき、彼女は信じる上でひっかかっていることを尋ねました。「私たちの先祖はこの山で礼拝しましたが、あなたがたは礼拝すべき場所はエルサレムだと言っています。」それに対し、キリストは、礼拝すべき場所は、「この山でもなく、エルサレムでもない」と言い、「まことの礼拝者たちが、御霊と真理によって父を礼拝する」場所だと言われました。ですから、まことの礼拝者が御霊と真理によって礼拝する場所こそ、私たちの聖地です。聖書を読み、賛美し、祈る所は、どこでも聖地です。

テレフォンのお分かち TEL 072-255-0944   鷹取 裕成
神の恵みが豊かにありますように